未来に目が向けられがちな今、過去の遺産を守り、伝えていくーICU 泰山荘プロジェクトメンバーにインタビュー
インタビュー第25弾では、ICUが所有する有形文化財、泰山荘の保護等を行なっている学生団体、ICU泰山荘プロジェクトのメンバー4人にインタビューをしました。彼らが泰山荘にかける想いや情熱を、言葉の端々から感じることができます。泰山荘についての基本的な情報から、学生が文化財を守ることの意義までお話しいただいたので、ぜひご覧ください!
Q1. そもそも泰山荘とはなんですか?
五井さん 泰山荘とはガッキ(大学食堂)の裏にある国の登録有形文化財のことです。現在は6つの建物群からなり、その全てが文化財として1999年に登録されています。
私たちは、泰山荘の保全・認知・活用を活動の3本柱としています。過去には、「泰山荘のゆふべ」というイベントを開催したり、東京都文化財ウィークと合わせてICU祭開催時に一般公開を実施し、ツアーガイドを担当したりしていました。
___建物の歴史や由来について教えてください。
五井さん 泰山荘の中でも中心的な存在は高風居(こうふうきょ)で、そこに一畳敷(いちじょうじき)という一畳分の書斎があります。これは北海道の名付け親とされる松浦武四郎が作った一室で、全国の名所から収集した古材をカスタマイズしてつくりあげられました。元々の所在地は神田でしたが、何度かの移転を経て、一畳敷を含めた高風居が三鷹に移されました。この地で実業家の山田敬亮によって、お茶会を開くための別荘として建設されたのが、泰山荘です。このとき高風居は本席のための施設として位置付けられることになりました。その後、中島飛行機(現在の株式会社SUBARU)が泰山荘を含む周辺の土地を買い取り、さらに戦後、ICUがキャンパス用地として中島飛行機三鷹研究所跡地を購入しました。こうした経緯からICUが泰山荘を所有するところとなり、現在は泰山荘プロジェクトのほか、茶道部の皆さんによって利活用されています。
___ICUが買い取った理由はあったのでしょうか。
坂本さん 土地を買い取った時に「あったから」くらいです。当時のICUはあまり気にしていなかったと思います。
Q2. 具体的にどのような活動ですか?
齋藤さん 落語研究会の方に高座を泰山荘でつとめていただくなど、泰山荘を利用するという形でイベントを開催していました。コロナ前は、和太鼓、日本舞踊、長歌などの日本文化系のサークルに催し物をしていただきました。
___清掃はどのように行っていますか?
五井さん 建物は木材でできているため、湿気によるカビの繁殖によって老朽化が進みます。そのため、建物を守る上では風通しを良くすることが重要です。全ての扉を開け、畳を掃いたり、蜘蛛の巣をはらったり、建物の周りを箒で掃いたりしています。昼休みに活動しており、30〜40分間清掃しています。
Q3. いつからその活動を始められたのですか?
五井さん 2000年に茶道部の有志数名が中心となり、泰山荘プロジェクトが発足しました。当時の泰山荘は大規模な修復工事(1970-80年代)から20年が経過して劣化が進んでおり、高風居の茅葺き屋根は雨漏りを防ぐためにトタン屋根で覆われている状況となっていました。これを危惧した当時の学生さんによって、まずは茶室の清掃から、と活動を開始したのが泰山荘プロジェクトの発端です。
___茶室について教えてください。
五井さん 泰山荘全体がお茶会のための施設で、高風居がいわゆる「茶室」です。待合などもあり、建物を渡り歩くとお茶会が完成するようになっています。
Q4. 現メンバーの皆さんが活動を始めようと思ったきっかけを教えてください。
五井さん 元々、泰山荘の存在もプロジェクトのことも知っていましたが、直接のきっかけになったのは学芸員課程の授業です。そこで初めて泰山荘を訪れた際に気に入り、泰山荘プロジェクトの活動に参加すれば何度もここに足を踏み入れて間近で観察できると思ったからです。
齋藤さん 入学した当初、当時泰山荘プロジェクトの代表を努めていた姉に、入ってほしいと誘われ入部しました。ただ、学芸員資格を取ろうと思っていたところだったので、渡りに船ではありました。最初から志していたわけではありませんが、入って本当に良かったです。
斉藤さん オンラインで行われる「月見」に参加し、泰山荘と泰山荘プロジェクトについて知りました。学生がこのような活動ができることにとても驚いた一方、大学入学前から考古学に興味があったため、携わろうと思いました。
坂本さん 松浦武四郎について歴史学の授業で調べ、湯浅八郎記念館に入り、松浦武四郎が作った一畳敷に惹かれて、関わりたいと思いました。
Q5. 始めた時はどんな気分でしたか?
五井さん 一畳敷を間近で目の当たりにできることが嬉しい、というのが第一でした。
齋藤さん 文化財と呼ばれるものに、こんなに簡単に立ち入っていいのか、と不思議に思ったことを覚えています。
斉藤さん 泰山荘がとても綺麗に保たれていて感心しました。
Q6. どんな時にやりがいを感じますか?
五井さん 清掃で保全の担い手であることを実感するとき、そして泰山荘に関心を持ってくださる方がプロジェクトに加わってくださるときにやりがいを感じます。認知度が低い中で、クラブオリエンテーションでの手短な紹介やオンライン花見でのお話などで関心を持ってくれる学生さんがいるととても嬉しいです。また、一般公開の時には、泰山荘の長年の大ファンだという方もいらしてくださいますし、そういった方々が泰山荘に関わってくれるのはありがたいです。
齋藤さん 2018年から19年にプロジェクトの活動の一環でガイドツアー(主催は湯浅八郎記念館)を行い、1日に300人もの方が来てくださったのですが、そのときに面白かったよ、とおっしゃっていただけたときにやりがいを感じました。ツアーの予約はハガキの郵送のみで受け付け、応募が多い場合は抽選もという条件でしたので、、「やっとこれた!」とおっしゃってくれる方もいらっしゃいますし、知識がある方からの助言から自分たちが勉強する機会をいただいたりもしています。それと、清掃のときに、高風居の雨戸を開けて、部屋に光と風が通ったときは気分がとても良いです。
斉藤さん 私はID24で、コロナの影響もあって入部してからなかなか活動に参加することができなかったので、去年泰山荘の紹介動画を制作したのが私にとって初めてメンバー全員で大きなプロジェクトを行った経験でした。この動画は湯浅八郎記念館が主催したウェビナーで流したのですが、すごくいいなと思いました。
Q7. 学生団体が文化財を保護することにどのような意義があると考えますか?
五井さん 社会全体として、開発事業や都市計画など新しいものをどんどん生み出していこうとする流れが強くなると、それによって文化的に価値のある古いものが消滅の危機にさらされることがあります。そうした状況から文化資源を守り、後世に残していくために文化財を守る制度が設けられ、泰山荘も1999年に国の登録有形文化財となりました。ただし、そうなったからといって国が文化財の管理を一から十まで全て担うというわけではないので、あくまで所有する者たちが自らの手で守っていかなければなりません。それは決して簡単なことではなく、実際に泰山荘も、登録有形文化財となる前の出来事ですが、火事で一部の建物が全焼し損失してしまいました。これも厳しい言い方にはなってしまいますが、学内に貴重な文化資源が存在しているとの認識が足りず、管理の目が行き届いていなかったことによるものといえます。泰山荘プロジェクトをとってみても、同じメンバーがずっと管理に携わることができるわけではありませんし、私たちがいなくなっても高風居を守る担い手を見つけていかなければなりません。そのような点で、学生が文化財を守ることは、代替わりを繰り返しながら泰山荘が認知され守られていくという、次世代の継承に繋がる意義があると思います。
Q8. 活動するなかでの困難はありましたか?
五井さん 文化財の保護を、学生団体として担うことの難しさがあります。留学や長期休暇などで清掃活動のための人手が足りなくなるということもありますし、そもそも大学というコミュニティの特性上、人員が流動的になるため常に十分な人数が揃っているとも限りません。ですので、理想的な保全としては清掃を毎日実施したいところではありますが、月に一度程度しか行えないのが現実ですし、緊急事態宣言が発令された時期には清掃そのものが実施できませんでした。
___ 緊急事態宣言が長引いた後にはやはり状態も悪くなってしまったのでしょうか。
齋藤さん 私たちがいない間も、一応守衛の方が見回ってくれていたので、幸い蜂の巣ができる程度でした。しかし、普段樹木の手入れをしてくださる業者さんは入れない状態だったので、木々が生い茂る状態ではありました。蔓延防止等重点措置のときももちろん活動できませんでしたし、学生であることがある意味裏目に出たとも言えると思います。ですが、入れ替わりの激しい学生団体だからこそ、泰山荘を取り巻く環境そのものが変わっていくというのは、色々な人の目に入る機会が増えることにもなるので、裏表、良い面も悪い面もあると思います。
Q9. 活動したことでわかったこと、気がついたこと、ぜひICU生に知ってほしいことはありますか。
五井さん「知ってほしい、でもセキュリティの問題もある」これは湯浅八郎記念館の方のお言葉なのですが、泰山荘へのルートや立地など事細かに説明すると、どんな人が入ってくるかわからないという防犯上の面から、危険に晒されるリスクが高くなってしまいます。保全、そして公開・活用のバランスは、我々並びに大学側が常に抱える問題と言えるかもしれません。SNSに写真を掲載することに関しても、文化財なので色々な方面に許可をいただかなくてはならず、その点は他の団体における情報発信よりも難しいところだと思います。
齋藤さん 人の関心や手入れがなくなった文化やモノがどれだけ速い速度で失われてしまうかは痛感しております。泰山荘も、保全の意識が向けられる前に母屋を焼失させてしまったり、貴重な木材を虫の被害に晒してしまったりなどがありました。特に大学という、代謝の早い共同体ですと、意識して思いを繋いでいくことが必要だと考えています。
泰山荘について知りたいと思ってくださった方はICU構内にある、ぜひ湯浅八郎記念館へ
Q10. 社会に訴えたいこと、伝えたいことはなんですか。
齋藤さん 今の流行りは宇宙研究とか未来技術だと思います。そこでみんなが空を見上げる一方で、それと同じくらい深海の中も私たちにとっては未知の世界で、上ばかり見るのではなくて、海の中とかにも私たちの知らないことがあります。それと同じように、未来の技術とかに対して投資していくのも大事だけど、過去の人がどのように生きてきて、どんな多様性の中で生まれて亡くなっていって、生活、あるいは環境を構築していったのかという過去のことは、未来と同じくらいわからないと思うんです。
私自身、歴史を研究しているのですが、そこでわかったのは、一度失われてしまったものは二度と戻らなくて、それは私たちが未来を透視できないように、過去のことも見ることはできないということです。しかし、未来が見えないこととは違って、過去には過去の人が残してきてくれた文化や物、言葉などがあります。そのような歴史を持つ物には、過去の人たちがどのような思想によって、あるいは今日まで生きていたのかを紐解く鍵が残されています。過去に生きている人を考え、理解しようと試みることは、人という存在の多様性を考えること、実感することに繋がります。そういう面でも文化財はすごく重要なものです。しかし、人の手をはなれたモノや文化、そしてそれらが育まれてきた背景は凄まじい速度で失われていきます。だからこそ、文化財の保全が重要です。そしてそういったものを保全することによって、今の私たちの道標になったり、あるいは心の拠り所になったり、絆を確かめるものになったりなど、過去から残してもらっているものが色々な繋がりの起点になると思います。
私たちがどういう風に使うかを決めるのではなくて、みなさんにどうやって使いたいですかというふうに提示する時に、ちゃんと“もの”として、残していけるのが仕事かなというふうに考えています。だから古い建物を壊さないでください!とずっと思っていますね。社会に訴えたいというよりもお願いをしたいという感じです。
五井さん:まず、ICUの皆さん(学生さんだけでなく、先生方や、職員の方々も)には、キャンパス内に泰山荘という国の登録有形文化財が、そして、その中に一畳敷というとても不思議でおもしろい空間があることを、ぜひ知っていただきたいです。「風化」は物理的に朽ちていくことだけではなく、人々の関心が薄れ、記憶から遠ざかっていくということからも始まるように思います。泰山荘プロジェクトの清掃のように細々とした活動も、現在享受できる文化資源が未来にも受け継がれていくことにつながっています。文化財と人とのつながりが途絶えないようにすることは決して簡単なことではありませんが、その重要性とあわせてさらに認識が広がっていけば、と思います。
___他の大学で文化財を所有していて、保全している団体はありますか?また、他の大学の団体と連絡を取ったりする機会はありますか?
齋藤さん 基本的には、この団体は独立して活動しています。例えば東京大学とかは、いろいろな建物が日本の教育の歴史に一つ一つ名前を残すような物だったり、どこかから移築してきた建物があったりします。なので、大学が文化財を持っていること自体はそこまで特別なことではないと思います。
個人的には、ICUというキリスト教でGHQが接収した土地に建っている大学が、全く関係ない江戸時代以降から脈々と繋がってきた建物を持っているというアンバランスさというところが強く推したいところではあります。それこそ、東大にあるものは東大のルーツの中に組み込まれている場合が多く、個々の大学が持っている歴史を語るのに欠かせない建物である、という感じで保全されている場合が多いですが、ICUはそもそも、そんなに戦前の建物がないんですね。まあ中島飛行機の研究所というすごく大きなものがあるのですが、それ以前のものは泰山荘にしかありません。泰山荘はICUと違う独立した歴史を持っています。
Q11. これからやっていきたいこと、挑戦してみたいことなどがあれば、教えてください!
斉藤さん 定期的なガイドツアーの実施や、泰山荘をモチーフにした作品コンクール・展示会をしていきたいです。
五井さん 先ほど、保全・認知・活用が私たちにとっての3本柱であるとお話ししましたが、今年は去年と比べて集会に関わる要請がかなり緩くなり、人と集まるということが少し容易になったので、今までは保全に特化していた活動を、認知や活用に向けて、できる範囲で何かやっていければというふうには考えています。今回のインタビューのように泰山荘や本団体を知ってもらうための広報活動や、他団体と提携した勉強会、泰山荘を利用したイベント開催などを実施できたら良いなと思い、計画中です。
それから泰山荘は授業でも利用していただいて大丈夫だということを先生方にも広めていけると、泰山荘に保全や活用のためのお金や人材が周ることも期待できるので、そのような流れができるようになれば、とを考えています。また、学生だけで清掃を実施するのが困難な場合に大学側に要請できるような仕組みづくりもしていきたいです。
泰山荘プロジェクトメンバーがICU生におすすめの本や映画
・『一畳敷 松浦武四郎の書斎』、国際基督教大学博物館湯浅八郎記念館編、2018年
…現地の写真が多用されているので、一畳敷の雰囲気をよりリアルに感じていただけると思います。入門書としておすすめです。
・ヘンリー・スミス著『泰山荘 松浦武四郎の一畳敷の世界』、国際基督教大学博物館湯浅八郎記念館編、1993年
…泰山荘がICUの所有となるまでの経緯や、個々の建物、一畳敷の古材の出処などが詳述されています。泰山荘全体についてより詳しく学びたいときには必読です。
いずれもICUの図書館に入っており、湯浅八郎記念館で販売されています(ICU生は割引価格で購入できます)。
[ICU 泰山荘プロジェクトのウェブサイト、SNSアカウント]
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