翻訳活動を通して強制収容問題を考える ーICU Time Travelersの日野瑠南さんにインタビュー!

インタビュー第17弾では、ICU Time Travelersに所属されているID23の日野瑠南さんに話をお伺いしました。

ICU Time Travelersは、日系アメリカ人の強制収容の歴史と知見を日本とアメリカで発信する取り組みを行っている団体で、瑠南さんはこの中で翻訳や情報発信に携わっています。Instagramでアカウントを見かけたことのある方もいるかもしれません。

今回のインタビューでは、瑠南さんの団体内での活動、活動するモチベーション、学生が社会活動に関わる意義などさまざまな話をお聞きしました。ぜひお読みください!

Q1. 瑠南さんはどのような活動をされていますか。

第2次世界大戦中にアメリカ政府によって行われた日系アメリカ人の強制収容について、その歴史と知見を日米双方に発信するICU Time Travelersという団体に所属しています。

主に、日系アメリカ人の強制収容に関する1次資料の日本語⇔英語翻訳を行っています。

これまでは、アメリカ軍兵士として戦争に従事した日系アメリカ人の方へのインタビュー映像や、アメリカ各地の資料館(強制収容所の跡地など)に眠る紙媒体の資料を翻訳しました。

Q2. とても興味深い活動ですね。日系アメリカ人の強制収容について、知らない人もおそらくいると思うので、いったい何が起きたのか、簡単に説明していただけますか。

日系アメリカ人の強制収容とは、第二次世界大戦中にアメリカで政府が、生まれや育ちがアメリカであっても日本人の血筋 (親は日本人・日本国籍)を持っている人を強制収容所に入れたり、財産を没収したりした出来事のことです。歴史の授業でも深くは触れられない部分なので、そういう出来事があったんだということを広めよう、というのがこの団体の趣旨です。

Q3. いつからその活動を始められたのですか。

サービス・ラーニング(SL)の「日系アメリカ人の強制収容の歴史について探索する共同プロジェクト」として、アメリカのミドルベリー大学と一緒に、2020年の10月頃から活動を開始しました。団体を設立したのは2021年4月です。現在はメンバーが3人ですが、とりあえず、翻訳作業をするにあたって人数がほしいですね。

ICU Time Travelersの現メンバー3名

Q4. 活動を始めようと思ったきっかけを教えてください。

1年生の頃、学内であまり友達の輪を広げられないまま、2年生でコロナ禍となってしまい、人脈が広がらないことを悩んでいました。そこで、キャンパスに行かなくてもいい学内の活動をはじめたいと考えていたところ、ICU PortalにSLのプロジェクトの情報が載せられたのです。翻訳・通訳、歴史学、国際関係学には前から興味があったし、オンラインでアメリカの学生ともICU生とも交流できる、さらにボランティアやインターン、サークルと違って単位換算されるので、参加を決めました。

団体は、SLのプロジェクトに一緒に参加したメンバーの1人の呼びかけに乗って設立しました。団体に入ろうと思った理由は、所属団体がもっと欲しかったのと、やっとプロジェクトのメンバーと打ち解けて、仕事のノウハウが分かってきた頃にプロジェクトが終わってしまったこと、また社会的に意義のあることをやっている自覚があり、このまま一過性のプロジェクトで終わってしまうのはもったいないと思ったからです。

Q5. ちなみに、強制収容問題についてプログラム以前には知っていたのですか。

この出来事があったというのは何となく知っていたんですけど、授業でも全然聞いたことなかったです。12万人以上の日系アメリカ人が収容されたのですが、そんなに沢山いたとは知らなかったし、強制収容と聞いて、政府がやったものということを知らなかったくらい知識がなかったので、プロジェクトに参加すると決めてから調べはじめました。

Q6. プロジェクト、そして団体を始めた時はどんな気分でしたか。

SLに参加したときは強い動機があったわけではなかったので、団体が設立された時は、ここまできたか…!と感慨深かったです。

あとはICUに入ってから、同世代で社会活動に携わっている人に何人も出会い、刺激を受けてきたとともに自分は何もできていない…という劣等感がありました。それが、この団体の活動をはじめたことで、私も社会に貢献できているという喜びを感じるようになったのです。将来国際社会での仕事を志す者として、国際交流や翻訳のノウハウを身につけられているのは嬉しいです

作成中のウェブサイトの一部(1)

Q7. 翻訳に関して、過去に経験はありましたか。また、翻訳作業はすぐ慣れましたか。

翻訳活動は今回が初めてだったので、活動を始めると同時にワークショップや勉強会に参加しました。ICUの非常勤・客員准教授である江田教授やICUの卒業生で翻訳家であるキャシー平野さんから翻訳の仕方に関するワークショップがありました。

自分では正確に訳しているつもりでも結構難しくて、ミドルベリーの方々からの添削やメンバーと共有している翻訳物を参考に修正することが多いです。似たような表現でも「あ、こういう風に訳しているんだな」と気付きがあったり、同じ話し手のものを訳しているのに語尾が違ったりして、そのような経験から学んだ方が大きかったかもしれません。

Q8. 翻訳活動以外の活動に関しても簡単に教えていただけるしょうか。

情報発信に関しては、ミドルベリーの学生が運営するウェブサイト(作成中)に ICU Time Travelersとしての翻訳物も掲載される予定です。あとはInstagramでは、日系アメリカ人の強制収容の歴史やメンバー紹介、TwitterではInstagramで投稿されたものの報告などを行なってます。(日系アメリカ人の強制収容は人種と関わるナイーブな問題なので、Twitterは拡散力が大きい分、慎重な運営が必要だという考えで一致しました。)

他にもミドルベリーの人と学期に1~2回勉強会を行なっていますが、時差や期末試験の時期の関係で思ったほどできていないのが現状です。

作成中のウェブサイトの一部(2)(3)

Q9. ミドルベリー大学と連携してプロジェクトを行っているとのことですが、なぜミドルベリー大学なのでしょうか。

私も詳しく聞いているわけではないんですけど、サービス・ラーニングの元になったプロジェクトは、ケンゾウさんというミドルベリーの大学生の方がICUに働きかけたものです。ケンゾウさんは日系アメリカ人だから、おそらく個人的に日系アメリカ人の強制収容問題に興味持って、それで日本の大学と提携しようと思った時に、ミドルベリーの提携先が日本でICUだったからじゃないかなと思います。

Q10. 日本の学生だけではなく、アメリカの学生と一緒に共同で活動することの意義は何ですか。

翻訳に関しては、ネイティブチェックが入ることに意義があると思います。国際性という点では、私のように日本生まれ日本育ちの日本人とは違い、プロジェクトを始めたケンゾウさんのように、日系アメリカ人としてのアイデンティティをもっている方、アメリカの学生さんがいらっしゃるため、バックグラウンドにおいて多様性が深まるというのは大きな利点だと思います。

あとは、人脈です。ICUでも十分人脈は広げられますが、ミドルベリーの先生の話を聞く機会はあまり多くないと思うので、実際に第一線で活躍していらっしゃる先生の話を聞いたり、学生さんの研究の話を聞くことができるのは意義があると思っています。

逆に今はICU側が結構偏ってる気がします。アメリカにもルーツがあるメンバーなどが入ってくれたら、この団体の趣旨的により良くなると思います。あと、今23の女子しかいないので、学年やジェンダーの多様性もそうです。色々なバックグランドを持っている人と一緒に活動できたら、もっと意義のある活動になると思います。

Q11. 草の根活動を続けるために、何をモチベーションにしていますか。また、どのようにモチベーションを保っていますか。

自分たちのやっていることは社会的に意義があるという自負が、モチベーションになっています。特に意義があると思っているのは、私たちの活動を通してパブリックに発信する機会がある点です。私たちが翻訳したものは最終的にウェブサイトに載るだけではなく、日系アメリカ人の方の取材などを行うアメリカの団体のウェブサイトにも載りますし、強制収容に関する資料館や博物館で実際に展示もされます。ここまで影響力のある活動をするのが個人的に初めてでもあるので、部活や勉強との両立が大変でも頑張ることができます。

Q12. 団体のモットーが「過去の歴史から未来の世界を考える」とのことですが、日系アメリカ人の強制収容について自分で学び発信していくことが、より良い未来を構築するためにどんな重要性をもっていると思いますか。

若い世代が伝承していかないと、戦争の記憶はやがて風化してしまいます。当時政府の人種差別的な行動によって苦しんだ人たちがいたことを心に留めるとともに、逆にどうしてアメリカ政府はそんな行動をとったのか、どうしてアメリカで人種差別がなくならなかったのか…?と考えてみてほしいです。

一応アメリカ政府は、体裁上は国家の安全を守るために強制収容を行ったと言っており、それを鑑みるとするなら、人権と国家の安全保障のバランスをどうとっていけばいいのか、対立するものがあった時にどう国として人権を守っていくのか、考える必要があります。色々なアイデンティティやバックグラウンドを持っている人がいるし、国際化が進む中でこれからも増えていくと思いますが、多様な社会をつくる中でこういう出来事があったことを学んだら、絶対何かに役に立ちます。入管法問題など、今もなお(むしろ今のほうが戦時中より)国際問題は多発しており、その解決の糸口になるかもしれません。

社会を大きく変えることはできなくても、この事実を知った人がちょっと差別的な発想を持っていたとしても考え方を改めるなど、そういう影響が少しでもあればいいなと思います。そのため、団体の理念として「過去の歴史から未来を考える」とあります。

あとは、様々な切り口から学術的に分析してほしいです。歴史教育の在り方、人種差別問題の捉え方と解決策(差別が無くならない心理)、アイデンティティの問題(人種、宗教、性別…)、安全保障(国家の安全保障vs人権)など、学術的な問いをたてることが大事です。

Q13. この活動を日本で発信していくことの重要性はすごくありますね。

私たちとしても、日米双方に発信しながらも、どちらかというと日本に重きをおいています。強制収容問題は、日本ではあまりフォーカスされていない、歴史の授業でもまだ扱われないことが多いです。また、日本は他の国に比べると人種の偏りもあり、なかなか人種差別問題・難民問題が進んでいないイメージもあると思います。そういう中で少しでも私たちがなにか力になれたら、こういう活動してる学生が日本にいる事を知ってもらって何か変えられたらいいなという思いがあります。

このように、日本語の読み取りから難しい資料もある。(ちなみに冒頭部分は「思慮浅薄にして~」)

Q14.学術的な問いをたてることが大事とのことですが、ICUが重視するクリティカル・シンキングは、学生のアクティビズムの中でも、社会の中でも、もっと活かされるべきだと思いますか。

私はそうだと思っていて、例えばこの人種差別問題を聞いた時にほとんどの人は「ひどい」と思いますが、政府がそのようなことをした理由、国家の安全保障という点にもフォーカスしてもらいたいと私は思います。

もちろん、よくなかったというのは間違いないです。でも、例えば日系アメリカ人の方々の中でも、アメリカに忠誠を誓いますかと聞かれた時に、収容される恐れによってアメリカに忠誠を誓った人がほとんどでした。しかし、日本人としてのアイデンティティを持っていると感じて、政府に酷い扱いをされると承知ながら忠誠を誓わなかった人もいます。

そのようなアイデンティティの問題、心理学的な面からも考えられると思うので、「ひどい」だけではなく、その先に一歩踏み込んだ考え方ができたらいいと思ってます。

Q15.強制収容問題の複雑さ・多面性を重視するのも、活動の中で気をつけているのですか。

そうですね。今言ったことをそのままSNSで発信したら、「なんでアメリカ政府を擁護するんだ」と言う人、そういう感じ方をしてしまう人もいることが私たちの懸念です。ナイーブな問題だからこそ多面的に、クリティカルに考えて欲しい分、でも人種差別であることも間違いないわけで。政府の強制収容の事実をかばっているわけではないので、そこのバランスが大事だけど一番難しい点です。

Q16. 活動の中で気がついたこと、ICU生に知ってほしいことをお伺いしたいです。

みんな、戦争の歴史から目を背けているわけじゃない、むしろ、この活動内容に関心を持ってくれるICU生が多いです。でも、実際に活動に携わろうという人は少ない。裏を返せば、私たちの働きかけ・工夫次第で興味の輪をどんどん広げ、まだ関心を持っていない人を振り向かせることができると思います。

Q17. 活動に興味がありながらも実際には活動しないICU生が少なくはないということですが、学生が積極的に社会活動に携わっていくことは、アクティビストとして大事だと思いますか。

私はすごく大事だと思います。私はICUに入るまで、アクティビズムをしている人が周りにいなかったし、自分も全然やろうと思ったことがなかったのです。だけど大学に入ってから、Fridays For Futureのようなデモに参加しているセクメ、入管法の反対デモに参加しながら授業を受けている人とも出会う中で、学生だから声としてはそんなに大きくないかもしれないけど、これからの世界を担う世代として、何かやりたいと思っていました。

今までは、みんな凄いな、私も何かやりたいな、と思う側でしかなかったのが、自分が実際少しずつ動き始める側になってきて、少なくとも私自身は結構意識が変わってきたと感じます。声の大きさや知名度などの課題はありますが、何もやらないよりは、何か小さいことでもやったほうがいいと考えるようになり、自分で強制収容問題について発信したいという風に私の意識も変わったので、私みたいに少しでもいいから何か意識を変えられる、前に進めるような人が増えたらいいなと思います

Q18. どんな時にやりがいを感じますか。

私が一番嬉しいなと思う時は、色々な人に存在を知ってもらえて、すごい大事なことだねと言ってもらえたり、私も興味あるよと言ってもらえた時です。自分のやっていることは無駄ではない、意味の無いことではないんだと再確認できます。普通の大学生でもできることがあるとポジティブに考えられるようになり、他の問題にも目を向けられるようになりました。行動を起こす時も壁が少し低くなったと感じ、一歩踏み出しやすくなったように思います。

Q19. 活動を経て、ご自身の将来の夢、将来やってみたいこと、10年後自分どこにいるかなど、そのような考えも変わりましたか。

以前から国際協力に興味があり、国連で働きたいという夢はありましたが、この活動をきっかけに人道支援や開発の分野に目を向けるようになりました。正直、今まであまり人種を考えたことがなかったけど、この問題について知るようになってからは人種や宗教など自分とは直接的な関係がないものも自分ごととして捉えられるようになりました。

ICU生とミドルベリーの教授・学生のミーティングの様子

Q20. 最後に、これから団体として、ご自身として挑戦してみたいこと、やってみたいこと、教えていただけますか。

今のところオンラインでしか動けていない状況なので、国内の博物館や資料館に足を運び、その方々にも活動している学生がいることを周知して、活動の輪を広げたいです。あと強制収容問題を題材にした小説や映画、ドラマなども鑑賞したいと考えています。

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