ブログ第8弾|ストライキとイギリスの生活―塩見春乃

ブログ第8弾を担当したのは、ID24でICONfrontメンバーでもある塩見春乃です。
今回のブログでは“ピケットライン”について、今年の7月までイギリスに交換留学をしていた彼女ならではの視点で書いてくれました。
日本ではあまり馴染みのない”ストライキ”。ロンドンでの生活にどんな影響を及ぼしたのか、それを彼女はどう捉えたのか、一緒に労働と社会について考えてみましょう。

執筆者情報

名前/Name: 塩見春乃/Haruno Shiomi

ID: 24

専攻/Major: 人類学メジャー平和研究マイナー/Major in Anthropology and Minor in Peace Studies

その他 (ex. サークル・趣味)/others (ex. clubs, hobbies): ICONfrontメンバー、日韓学生フォーラム39期学術/ICONfront member, JKSF 39th Academic manager

目次

  1. はじまり
  2. ストライキの概要
  3. 鉄道のストライキ
  4. 大学のストライキ
  5. おわりに

1. はじまり

 ピケットラインを目撃したことはありますか?あるいは、ピケットラインという言葉を聞いたことはありますか?私は去年の10月まで、ピケットラインという言葉を聞いたことも、目にしたこともありませんでした。

 ピケットラインとは、ストライキの際に妨害を防ぐために労働者が隊列を組んだり、線を引くことでできる境界のことをいいます。

 私がロンドンに留学していた2022年9月から2023年6月までの期間、イギリスでは様々なセクターの労働者によるストライキが実施されました。大学の教職員や鉄道労働者、小中学校の教員や郵便局員、救急隊、看護師、大英博物館の職員などがストライキを行い、今もストライキの流れは続いています。

 この文章を書くことにしたのは、一連のストライキへの支持・反対の意思表示をするためではありません。それよりも、ストライキが行われている社会でどのように過ごしていたのかを伝えることを目的にしました。留学中にイギリス以外の場所にいる家族や友人とやり取りをすると、ストライキがどのようなものなのかを伝えることがうまくできませんでした。恐らくこれは、ストライキによって生活の一部が「止まる」という状況に対する理解が一致しなかったからだと思います。日々ストライキの情報に触れ、実際に参加する人の姿を見て彼らの言葉を聞き、自分自身の行動を変えていると、動かないものは動かない、という自分にはどうすることもできない状況を受け入れるようになります。一方で、ストライキがあまりない地域、主に日本にいる家族と友人にとって、大学や電車、郵便が人の意思によってスムーズに動かなくなるという状況は自分たちの経験の範疇を超えています。あるいは、色々な媒体から飛んでくる情報をもとに想像するにとどまります。

 今回のブログでは、実際に私がロンドンで暮らす中でどのようにストライキについて考え、感じてきたのかを私自身の経験と共に言葉にしたいと思います。そうすることで、私と家族や友人の間でのつじつまの合わなかったやり取りを埋め、回収していくことができればと考えています。イギリスに限らずストライキが実施されることが多くなる中、そして様々な労働に関する問題が提起される中で、「働く」という営みについてストライキを通して個人が声を上げることがどのように社会で動いているのかを一緒に考えたいです。

2. ストライキの概要

 まずはイギリスでのストライキがどれぐらいの規模で行われているのかを2022年12月を例に説明します1

 クリスマスと年の瀬が迫り、ロンドンでは珍しくかなりの積雪があった2022年12月には、鉄道やバスの関係者、看護師・救急隊などの医療関係者、ロイヤルメール(イギリスの郵便サービス)、空港職員、小中学校の教職員、救急隊員、運転免許試験官などによるストライキがありました。これらのストライキはそれぞれのUnion/労働組合ごとに実施され、イングランド・ウェールズ・スコットランド・北アイルランドなど地域によっても実施の有無が異なります。

 たとえば、The Rail, Maritime, Transport Union (RMT)が実施したストライキは断続的にスケジュールが組まれ、合計で10日前後に及んで鉄道が止まりました。鉄道のストライキの場合は、地上を走るOverground、地下鉄のTube、日本でいうところの新幹線や特急電車のようなLNERなど、ストライキの度に乱れが生じる路線が異なることも多く、毎回確認する必要があります。ロイヤルメールによる6日間のストライキでは、オンラインショッピングをした時に商品の発送がストライキの影響で遅れるかもしれないと連絡があったのを記憶しています。

 イギリスで行われるストライキの主な要因の一つが物価高騰です。それに伴い、多くのUnionが賃金上昇を要求しています。一連のストライキの中で鉄道関係者と大学教職員のストライキ以外に関してはほとんど影響を受けなかったため、他の職種におけるストライキについての言及は控えますが、後ろで書くように、ストライキの要因は物価上昇と賃金以外にも存在していて、「ただ賃金を上げればいい」と考えるのはどうも安直なようにも感じました。 

3. 鉄道のストライキ

 日本でも50代以上の方と話をしていると、国鉄時代のJRがストライキをしていたと話してくださる方が多いです。しかし、私自身の印象としては通っていた中高の休校要件の一つとして最寄りの路線のストライキが挙がっていたことぐらいで、雨も雪も降っていないのに電車が止まるという状況はよく分かっていませんでした。

 鉄道のストライキは一ヶ月ほど前にアナウンスされることが多く、追って詳細な日程が発表されます。必ずと言っていいほど案内文に記載される “Passengers have been advised to only travel if absolutely necessary on strike dates” という、どことなく物々しい印象を与える一文も最初は気になりましたが、帰る頃には気にもしなくなっていました。ストライキの日でも、動いている路線やタクシー、バスなどを利用すれば外出することはもちろん可能なのですが、私自身は寮や大学など徒歩圏内で過ごすようにしていました。私の力で電車を動かすことはできませんし、道路が混むこともしばしばなので、それなら歩ける範囲内で楽しいことを見つけた方が充実するように思います。

 しかし、そうは言っていられなかったのが年末年始の鉄道のストライキでした。ロンドンから北上してスコットランドのエディンバラの知り合いの家で年越しをする予定だったのですが、ちょうど大規模なストライキが実施されてしまったのです。ストライキの可能性を最初に知った時には既に電車のチケットを買っていたため、まさか、と少し落ち込んだのを覚えています。もちろんストライキが原因で電車に乗れなかった場合はきちんと返金があるのですが、予定していた旅行をキャンセルしたり、つつがなく旅行が進まないのは悔しいですよね。

 結局ストライキは2022年12月24日午前6時から27日午前6時まで実施されることになりました。ストライキの行われる時間帯が詳細に発表されるなら終了時刻の直後からはきちんと電車が動きそうですが、そんなことはなく、運転再開後の数時間は乱れが続きます。

 私はハリーポッターで有名なキングス・クロス駅からLNERという鉄道を使って北上する予定でした。イギリスで長距離の電車に乗るときはホームの番号が直前に発表されるので、改札の手前にある電光掲示板から自分が乗る電車のホームを確認しないといけません。発車予定時刻の11:30より随分早くに駅に着いたのですが、それより早いエディンバラ行きの電車はCancelledと表示されていたので、もしかしたら私の乗る電車もキャンセルになってしまうかとソワソワしていました。幸いなことに私が予約した電車からは通常運行になり、問題なく乗車することができました。

 しかし、私が自分の席に着いてしばらくしたあと、指定席の予約が無効になるというアナウンスがあったのです。既に電車はほぼ満席となっていた上に、キャンセルになった電車に乗る予定だった人たちが運転を再開した電車に乗るので通路まで人がいっぱいになり、エディンバラまでの約5時間の間にお手洗いに行くのも躊躇うような状況でした。小さな子どもや高齢の方も多く、二人掛けの席に三人で座ったり、途中で席を交代しながらの電車の旅となりました。

 おまけに年明けには、1月3日からストライキで再び電車が止まってしまいました。偶然にも2日にロンドンへ帰る予定にしていたためストライキにはギリギリ巻き込まれずに済みましたが、なんとも肝を冷やす旅になりました。

 電車のストライキがあるからといって何か危ないことはありませんでしたし、直前になってストライキがキャンセルになり、予定がスムーズに運ぶこともありました。最初はストライキに戸惑ったし、なぜ利用者が迷惑を被らないといけないのかと思っていましたが、前もって止まることが分かっているのならこちらが予定を調整すれば問題はない、と次第に考え方が変わっていきました。突然の事故やトラブルで電車が止まってしまう時に比べると、ストライキに関しては事前にある程度把握することができるため面倒だとは思いつつもあまりイライラすることもありません。

 とはいっても、通勤や通学で電車の利用が欠かせない人にとっては大きな問題だと思いますし、いつまでもストライキに合わせて予定を変えていられないという人もいると思います。ただ、電車のストライキを経験して初めて鉄道の運行に携わる人の労働に目を向けた自分もいました。これは自省ですが、分刻みの緻密な鉄道のスケジュールを当たり前として組み立てた毎日を過ごすことができているのは、それだけ昼夜働いている人の存在が前提になっているからです。その前提条件が崩れた時に自分の生活に歪が生じることについて憤るのは、私の代わりに誰かの日常にしわ寄せがあるのではと考えてみれば、少しお門違いのようにも感じます。

4. 大学のストライキ

 鉄道のストライキよりも私にとって深刻だったのは、大学の教職員によるストライキです。イギリスにはUniversity and College Union (UCU)というイギリス全体の大学教職員関係者による組合があります。このUCUは大学ごとに支部をもっていて、私の留学先にもストライキを中心で行うUCUがありました。

 ストライキの日には、ストライキに参加している先生の講義やセミナーは取りやめになります。本館前にピケットラインが張られている時間帯は本館への立ち入りが制限されるため、対面の集まりがオンラインに変更になることもありました。とはいっても、ストライキがあると全てが動かないわけではありません。たとえば、ある教授はストライキの日はオンライン授業に変更することで授業を行いつつ、ピケットラインの越境に関しても強制しないことでストライキに連帯する学生の権利を確保していました。図書館や芸術系学部のスタジオなどへの立ち入りも可能だったので、大学機能の全てが止まってしまうとは思わないでください。

 

 私が留学している間には、主にストライキの三つの波がありました。一度目が、2022年11月24,25,30日に行われた3日間のナショナルストライキです。これが私にとっては初めて目の前で見るストライキの集まりでした。25日の朝、ピケットラインが8時から13時まで張られると聞いていたので、友人と一緒に見に行くと大学の門の前には写真のような幕が何枚か掲げられていました。車のクラクションを鳴らすという意味のHONKと書かれている垂れ幕を見て、ストライキに賛同するバスや一般の車の運転手はクラクションを鳴らしながら大学の前を通っていきました。(残念ながら動画が撮れなかった(泣))

大学敷地前の門に横断幕が二つ掲げられていた。左にかかっているのは、白地に黒い文字で"STRIKE"が4つと赤字で" for EQUAL PAY, for PENSION, for your WEEKEND, for JOB SECURITY"と書かれている。

 ストライキの集まりでパッと頭に浮かぶのは、危ない印象や近寄ってはいけないというイメージです。しかし、私が足を運んだ集まりは、拍子抜けするような穏やかな場でした。本館前には温かい紅茶や果物、クロワッサン、手作りのケーキなどが並ぶテーブルがあり、とても寒い日だったのですが、皆で持ち寄った食べ物と飲み物を片手に大学のあり方について話し合っていました。時には教職員が主催する短い時間のイベントも本館前で行われていたようです。ただ、学生であれ教職員であれ、ピケットラインだけは絶対に越えずに守らなければいけませんでした。

 二度目は、年明けの2023年2月から3月に行われたストライキです。合計で18日間に及ぶ予定だったストライキは、途中で一定の合意に達したため、最終的には11日間の実施になりました。急にストライキの中止が決まったので、休講のお知らせが来た数時間後には通常通り行われる旨のメールが先生から送られてきたり、授業が休講になると思って入れた予定をキャンセルしたりと、右へ左へ振り回された感は否めないです。

 三度目は、まさに今行われているAssessment and Marking Boycottです。端的にいうとアカデミックイヤーの終わりの成績処理をボイコットする形でのindustrial actionなのですが、正式な成績証明書の発行が後ろ倒しになるため、学生にとってはかなり厳しく、切実な問題となっています。正式な成績証明書なしに卒業せざるを得ない学生がいたり、交換留学生は単位編入のための手続きにもたつきが生じてしまったり、ビザに影響が出る可能性のある学生がいたりと、今までで一番今後の動向が気がかりです。

 大学によるストライキは、学生にとってマイナスを感じることがあります。WhatsAppのグループでは、ストライキでキャンセルになった分の授業料返還を求めるpetitionについての会話が交わされていました。あるはずだった授業がなくなるため、シラバスの内容によっては授業で扱う内容が減ることもありました。私の授業を担当していた先生方の多くが予定通り全てをカバーし、十分なサポートをくださったのはたまたまだったと思います。さっさと賃金上昇の合意を受け入れてくれればいいのに、あるいはこれ以上の賃上げを望まなければいいのに、という言葉を学生同士の会話で耳にしたこともありました。しかし、授業でストライキについて話す先生方は、賃金を上げることそれ自体だけでなく、その裏にある評価制度や人員削減、教職員間でのヒエラルキー、人種や性別の偏りなど構造としての大学の在り方に異を唱えているとおっしゃっていました。一つの組織で働くことはその組織にいる人と関係を紡いでいくことであり、たった10か月を過ごしただけの私には測りきれないいくつもの関係が存在しています。何よりも教職員はその中で自分の生活を成り立たせ、暮らしています。そこで、学生と教職員を含める緩やかな連帯を作って、「止める」という普段と逆行する行動を取ることが必要になったのだと思います。

5. おわりに

 このブログを書いている数週間の間にも、イギリスではストライキに関するニュースのアップデートが続いています。uk strikeと検索すれば新しいストライキの情報が連なり、私の手元に成績証明書が届く気配はありません。また、ストライキがイギリスに限られるわけではないということがより鮮明になった数週間でもありました。ハリウッドでストライキが行われ、そごう・西武池袋でもストライキがありました。ここまでのブログをあたかもイギリスでのストライキが稀有なものであるかのように書きましたが、それは私に肌感覚として残った当時の心境をそのままうつしたものです。実際には、ストライキを行っている人や労働について声を上げている人は日本にも多くいます。あまりにも多くのことを当然動き続けると信じていた私は、慣れ親しんだ日本から目新しいものに囲まれたロンドンに行ってようやく、当然だと思っていたものの脆さに気づいたように思います。

 ここで書き記したことは、イギリスで起きていることのほんの小さな小さな断片にすぎません。実際にイギリスに居を構えている人、ストライキを動かしている人、デモに参加した人、それぞれが違う経験をしていると思います。もし身近にイギリスでも日本でもストライキに関わった人がいたら、その人たちの経験を聞いて、話してみてください。動かないことに対する苛立ちや違和感は一度隅に置いて、何が起きているのかを知ることが必要だと思います。短い時間で全てを理解しきる事は難しいのなら、自分の日常や行動が声を上げている人たちの労働とどのように関わっているのかを考えることが、彼らの声に対する応答に少なからずなるのではないかと思います。

  1. 詳しい日程等はこちらの記事を参照してください。EVANS Ethan, What strikes are taking place in December 2022? Industrial action in the lead up to Christmas – including RMT, December 20, 2022. ↩︎

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