ICUの特別招聘教授・吉川元偉先生にインタビュー Part2!
前回の吉川先生インタビューpart1では、ICU卒業後から現在に至るまでどのようなキャリアを築かれたのかについて伺いました。
今回のpart2では、外交官・教授としてのやりがいや、大学生活や就職に関するアドバイスなどについてお聞きしました。
Q1. 少し話が変わりますが、国連に就職する場合、修士号が条件になっていることが多いです。大学院に行くか否かの違いはどういったところにありますか?
国連の採用システムはアングロ・サクソン系、とりわけアメリカの就職形態の影響を強く受けていると思います。アメリカでは大学に入るときのレベルは、日本と比べると高くない。実際に私が高校時代アメリカに留学した際、日本では得意でなかった数学がアメリカだと一番だということもありました。しかし大学に入ってからの学習レベルはとても高い。国際機関で働くためには修士号が必要です。さらに、どこでマスターを取ったかという学歴も大事になる。勤務経験も必要ですので、一度就職して働いた後マスターを取るのも良いと思います。年齢は関係ないです。日本人は国連分担金に比して人数が少ないので採用には有利です。特に女性はそうです。
日本の外交官になるには、公務員試験に合格しないといけないです。総合職では東大出身が多いですが、試験で上位の成績をとれば出身大学がどこかは関係ないです。私はICU出身で国連大使を務めましたし、慶応・早稲田出身の駐米大使が続いていることを見ても、外務省は霞が関では学閥偏重でない官庁と言えるでしょう。
国際機関や多くの外資系企業では、人材を採用する時に学歴や能力を重視します。その判断材料は、専門分野の知識と経験に加えて、マスターやPH.D.、語学ITのスキルがあるかなどです。
一方日本では、その人のポテンシャルを見て採用を決めることが多いです。現在のスキルが高くなくても、運動部で活躍したなどその人にポテンシャルがあると判断したならば、インベストして育てれば良いのです。しかし、国際機関は、すでに身につけている能力や専門性を評価します。採用する際の視点が違うのですね。
Q2. 外交官としてのやりがいはどういったところにありましたか?
外交官は日本を代表して国の利益と国民の安全を守る仕事です。現実にはそういった抽象的な仕事を毎日するわけではありませんが、日々の仕事が大きな目標に繋がってるという実感を得られることが、やりがいに繋がります。霞ヶ関のどの役所も、長年「ブラック」として知られているし、実際私も現役時代は夜中まで仕事をしていました。そのような環境で達成感を感じ、モチベーション維持するのは難しいかもしれません。近年は、働き方改革が進み、霞が関も大きく変わっていますので、安心して公務員を目指してください。
42年間の外交官生活は楽しく、私は辛いと思ったことは一度もありません。誇張ではないですよ。そのような考え方に大きく影響を与えたのは、父親の経験だと思います。私の父は、20から24歳までは兵隊、24から28歳はシベリアで抑留。シベリア時代はいつ死んでもおかしくもない状況に置かれていました。それに比べたら霞ヶ関の仕事など何でもない。Life or deathの話ではないのです。そういう父親や、戦時中を生き延びた母を見たら、外交官の仕事が大変だとは思いませんでした。今だから言える部分はちょっとありますが(笑)。
どの職業でも共通して言えるのは、何がモチベーションかを自分で整理する必要があるということです。モチベーションがなくなったら、やめた方が良い。シベリアで捕虜になったらやめたくてもやめられないのです。嫌だと思ったことをやめる自由があるというのは大変なことだと、私は思います。
ICUの卒業生は簡単に離職することで有名ですが、いやいや10年間働くよりは、さっさと辞めて新しいことを始める方がずっと良いと思います。20代のうちはポテンシャルを残しておけますからね。転職に関しては躊躇しなくていいというのが私の考えです。もっとも私は42年間同じ職場で働きましたが。自分が何をしたいのか、”What do you want to do?”という問いに対して、今やっていることがそれに見合うのかという自分との対話が大切なのではないでしょうか。昨日やっていたことを今日も明日もやるという生活になってしまったら、つまらない人生になってしまうのではないでしょうか。
Q3. 国連大使時代のSDGsに関する取り組みについてもお聞かせいただけますか?
国連大使当時SDGs(Sustainable Development Goals)についていくつか大きな出来事がありました。まず2015年秋の国連サミットで、SDGsが採択されました。国連サミットには当時の安倍総理が出席されました。この文書は、3年かけて交渉されたものでした。日本代表部では専従チームを作って交渉に参加しました。
次いで2016年の4月にNY国連本部でパリ協定の署名式が行われ、私が日本を代表して署名しました。実は東京から丸川珠代環境大臣が来て署名される予定でしたが、大臣が国会対応で足止めになり、急遽私が署名しました。
SDGsは、政府の仕事のように思われていますが、個々人の行動変革を求める国際合意なのです。私たちそれぞれSDGs実現のためにできることがあります。
具体例を紹介してみたいです。
外務省で外国勤務時代はどうしても車が必要なので私も車を何台も買いましたが、退官して自動車をやめました。電車バスで移動してます。ペットボトルを使わないように、ICUには水筒を持って行きます。キャンパスの水飲み場を増やす、自動販売機を減らすなどはできますね。
妻はニジェールの子供に奨学金を出すNGOに10年以上前から協力しています。小学校に入る時から支援しているMariamaという名前の女の子がすでに高校を卒業しました。毎年Mariamaから送られてくる1年間の報告を読むのが楽しみです。SDGsで言えば、教育(ゴール4)とジェンダー(ゴール5)です。
私は、去年からノハム(No harm)協会というNGOの理事をしています。この団体は、SDGsの考え方を中小企業や個人のお店の経営に役立ててもらおうと助言する組織です。
ICUにはSDGs関連授業がたくさんあるので、ぜひ取って、自分は何ができるだろうという視点で考えてください。
Q4. 教授としてのやりがいもお聞かせください。
前学長の日比谷さんに卒論指導を頼まれたのは有難いことでした。担当する卒論ゼミ生は毎年5人ほどだから多くはないですが、卒業後みんな色んなところで活躍しています。OBOG間のつながりもあります。ゼミ生の成長ぶりを見ることが一番やりがいを感じるところです。
Q5. 活動を通しての気付きやICU生に伝えたいこと、おすすめの本などありましたら教えてください。
ゼミに入ってくる人の特性も影響していると思いますが、ICU生で公務員になる人は最近多くいます。 Publicという言葉は今あまり流行らないかもしれませんが、公的な仕事はやりがいはあると思います。ICU生には公の仕事、public serviceの重要性を知ってほしいです。Public serviceについては、私の場合ICU在学時代とその後40年間の仕事の中で緒方貞子先生に習った部分が大きいと思います。緒方先生が亡くなられたあとは、毎年12月5日の人権記念日前後に先生を追悼する催しをICUで行っていて、これからもずっと継続していくつもりです。スペイン人がよく言う格言に”La vida de los muertos esta en la memoria de los vivos”があります。「死者の人生は残った者の記憶の中で生き続ける」という意味です。
緒方先生はICUの准教授を勤められましたので、先生が書かれたものをお読みになると良いと思います。一番良いのは岩波の「聞き書 緒方貞子回想録」ですね。どんな仕事をする上でも役に立つと思います。
Q6. ICU生にはどんな特徴があると思いますか?また、ICUを卒業してよかったことはありますか?
私の世代のことですが、ICU生の特徴としては、群れることを毛嫌いする傾向があると思います。私はもう少し中立的で、外交官時代はICUの出身だから仲良くするということは特にありませんでした。退官してICUで働き始めてからは大きく対応が変わり、ICU出身者を特別扱いしています(笑)
ICUは、日本で初めて「国際」と「教養」を冠した大学です。建学者に非常な先見性があります。ICUの特徴は、学生が色んなバックグラウンドを持っているため、大学として多様性があるということです。ICUHS(高校)も多様性が大きいと思います。これからも多様な人が学びたいと思えるような大学であって欲しいです。
私がICUを選んだのは、学校の先生に勧められたわけでも両親に言われたわけでもありません。実は高校の先生方もICUの存在を知らなかったです。高校の先輩だった末吉高明さんのあとを追って迷いなく進学しました。ですから、ICUで学べたことは期待通りでした。
今後は留学生や海外から来られている教授などにインタビューしてみると良いと思います。外から見たICUというのはまた違った見方があると思います。
Q7. 大学4年間で何を学び、大学生活をどう使うべきだとお考えですか?
私は授業に出て与えられたアサイメントをこなすのは、学生生活全体の重要性の半分くらいだと思います。単位にならないことをどれだけ積極的にやるのかが大事なのではないでしょうか。サークル、部活、寮生活、アルバイト、友人など色々ありますよね。アルバイトは実際に社会を知り、お金を稼ぐという点で部活以上に大事かも知れない。
単位を取ることだけを目標にしたら、面白くない人間になってしまいます。大学の授業と課外活動のバランスが大事ということです。
ICUは昔から課外活動への意識が強い学生が多いと思います。私が入学した50年前は、ICUは学生運動の中心的な存在でした。当時の学生運動には反対でしたが、今の社会運動はポジティブでよろしいと私は思います。
Q8. リーダーシップについて何かアドバイスはありますでしょうか?
それについては緒方貞子さんの書かれたものを読んでください。人を引っ張るうえで大変な実績を残した方です。彼女は日本で思われてるような「ニコニコした優しいおばさん」ではありませんでした。実際は厳しいリーダーで、議論はするが「あなたはこれをしなさい。」と明確な方向性を示されました。お行儀と育ちの良さで、厳しく見えないだけです。あのように人がついてくるリーダーシップは、中々真似できないものですが、各人が自分なりのリーダーシップを学ばなければいけません。敢えて挙げるならば、色んな巡り合わせや人との関係を大事にする中で学ぶのだと思います。
Q9. 吉川先生は英語以外に、フランス語とスペイン語を習得されているということですが、第二外国語の選び方や使い方についてお話を伺ってもよろしいですか?
外務省に入る時に、英語はある程度できたので他の言葉を習得しようと思いました。外務省から2年間派遣されて留学する機会があり、イギリス・フランス・ロシア・中国・アラビア・ドイツ・スペインの7つのうち、任地が寒くて厳しそうな場所を除いて残ったのがフランスとスペインでした。多くの人がフランスを選んだので、私はスペインにしました。スペイン語を選んだのは同期27人のうち1人だけでした。
外交官生活で、スペイン語は大変役に立ちました。国連の交渉ではスペイン語を喋れるだけで30カ国くらいの人とお友達になることができました。スペイン語をできる日本人は少なかったですし、スペイン語でスピーチをすると、今度の日本の代表はスペイン語ができると知れ渡って、役立ちました。
プライベートでは、スペインで知り合ったフランス人と結婚しました。スペインに留学してなかったら妻に会うことはなかったです。スペインに感謝しています。
ICUは建学の経緯からアメリカの影響が強く、英語ができれば良いという感じがありました。高校時代アメリカに住んだので、外務省では歴史のあるヨーロッパに住んでみたいと思っていました。今では中国語やインドネシア語といったアジアの言葉など、他にも重要な言語が沢山あるので、それらを選ぶのも良いと思います。言語には、背景に歴史・文化や考え方、行動様式があり、習得には時間がかかりますが、人生を豊かにします。
Q10. 社会に伝えたいこと、訴えたいことはありますか?
大それたことはありませんが、日本のマスコミの情報量は非常に少なく、分析がほとんどされていないので、他のニュースソースを読みなさいと学生に言っています。ディベートの授業などを取ればよく分かることですが、全ての物事には表と裏、メリットとデメリットがあります。まずはそれを全てテーブルの上に置いて、議論しなくてはなりません。
マスコミの情報量が足りないのなら、それを自分でやるしかありません。立ち止まって考える癖をつける必要があると思います。
例えば今の日本のメディアはコロナ一色。もちろん大事な問題ではありますが、それが朝から晩までというのは違う、中国の動向、地球温暖化など他にも大事なことが沢山あります。
今大事なことは何だろうかと自分で探す姿勢が大切です。日本でミャンマーのクーデターを心配している人は多くないでしょうが、アセアンの国で多くの市民が殺されているのは心配です。なぜこんなことになっているのか、自分で考える癖をつけましょう。好奇心の旺盛な人間であり続けたいです。
Q11. 今後挑戦したいことはありますか?
ゴルフのハンディキャップを下げること(笑)。これは半分冗談ですが、日本だけでなく、スペインとフランスで、まだ行っていない所に旅行したいです。
昨年の新学期から授業がオンラインになり、同僚や他の学生との関係が築きにくくなっているので、ICONfrontのこういった取材は非常に良い活動だと思います。「単位にならない活動」をこれからも是非続けてください!
【吉川元偉先生の過去のインタビュー記事】
Global ICU 卒業生の声 吉川元偉
https://www.icu.ac.jp/globalicu/interviews/global-alumni/motohide-yoshikawa.html
国際基督教大学同窓会 今を輝く同窓生たち 第48回 吉川元偉
https://www.icualumni.com/interview/guest049
ノハム協会 [元国連大使 吉川元偉氏] SDGs スペシャル対談